◆ 反日と反日本人の区分
韓国の東の方には江陵という都市がある。 もしかして知っている日本人もいるか知れないが、朝鮮の賢人として有名な栗谷·李珥(ユルゴク,イ·イ)先生が生まれたところだ。 烏竹軒は文字通り黒い竹の木がある場所だという意味だが、ここは先生が生まれた所だから、もし江陵を訪れる日本人なら必ず一度見に立ち寄るに値する所だ。 この他にも江陵にはアバイ村、船橋莊のように時間を遡って以前の韓国人の生いき方をうかがえる場所がある。
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家の敷地が船首に似ていることから船橋莊と呼ばれるこの家は、朝鮮時代の上流階級の代表的な家屋と言える。
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江陵烏竹軒、栗谷先生の出生地
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私は個人的に江陵を訪れる観光客に必ず勧めたい一つのところがある。 ややもすれば 見落みおとしやすいが、後で知った後は、訪ねなかったことを、かなり残念だと思いになる所だ。 まさしくチャムソリ博物館だ(「チャムソリ」は「真の音」という意味だ)。 最近のように思いっきり音楽を聴けなかった遠い昔の時、蓄音機の全身とも言うべき小さな音響機器に少なくない金額を入れていくつの秒の間、自分の耳を楽しませた人は、どんな人だったのだろうか。 彼らの感受性は非常にうらやましく思われるが、あなたはこれをほしいことに止まらなく、実際にその主人公になって遠い昔の声を直接的に聞くこともできる。 その間、細い音の紐が昔の彼と今のあなたの感受性を密かに連結してくれるかも知れない。
このように感情のこもるところだが、ほとんど日本人の皆さんに閉じた世界になるところだった。 韓国で日本の不買運動が始まりながら、博物館側が"日本人観覧禁止"の札を貼ったのだ。 もし、その間に難しく博物館に立ち寄って、惜しくも引き返さなければならなった日本人がいたら、博物館に代わって私が謝るようにしたい。 誰が何と言っても、その良い空間の共有を制限した博物館側の誤りが大きい。
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チャムソリ博物館に貼り付けられた「日本人観覧禁止」の札。 Jspsとは日本を卑下する表現だが,博物館側は卑下する意味を知らないまま使ったものだと謝罪した。 市民の抗議でこの札は取り除かれた。
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しかし実際にその札は長続きしなかった。 韓国国民の激しい抗議を受けたからだ。 日本人という理由で観覧を禁止することは、明らかに特定国民に対する「差別的行為」というのが主な抗議の理由だった。 抗議が激しくなったから、博物館側は札を下ろして謝った。
抗議をした人たちは主に誰だったのだろうか。 不買運動と関連して、日本の肩を持ついわゆる親日派の部類たちだったか。 No! 韓国で親日の者たちは、じっさいにはこのようなことには関心を持たない。 驚かないでください。 平凡な市民に表現されるこの人たちは、 大部分が日本不買運動に参加している人々だ。 それほど社会的イシューに対して関心が高く、善悪を判断する事に慣れている人々だ。 不買運動と日本人に対する差別は別々だという考えを持っている人々だ。
このような抗議を戦略的レベルで受け入れるのは困るはずだ。 つまり、日本人に対する観覧禁止の札が、韓日間の世論戦で韓国側に不利に働く可能性があるため、このように抗議したのではないかという考えは、極めて狭い。
日本の不買とは無関係に、韓国人はこのような時期に韓国を訪問する日本人がどんな人たちなのかについて考えており、実際このような考え方はSNSなどを通じて広く拡散している。 共通的な結論はこれら日本人訪問者たちは「韓国を好む人たち」ということだ。 日本ではSNSや、さらには一部のテレビ放送などを通じて韓国の雰囲気をひどく歪曲しており、このような状況で日本人の韓国訪問こそ大きな勇気を必要とするという判断を韓国人たちはしている。 結局、韓国に対してこのように愛情を示す日本人に対して温かくもてなす事はできなくても「観覧禁止」の札が如何いう話なのかという世論であり,これが日本不買に参加する韓国人の認識であるわけだ。
似たような状況が対馬でもあったという話が聞こえてくる。 対馬のいくつかの食堂で「韓国人立ち入り禁止」という文句がついているというのだ。 韓国人の無礼さが主な要因ということだ。
対馬のいくつかの食堂に取り付けられた「韓国人出入り禁止」の文句
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無礼な韓国人がいたということに異論はない。 韓国のSNSなどでも、食堂で無礼な人にたいする話が時々取りざたされており、このような人々を称する用語が韓国で作られたりもした。 これに関連して、韓国の主要メディアのの一つであるJTBCは韓国の不買運動の前の5月16日、韓国観光客らが日本で犯している過ちについて報道して、我々が先にマナーを守らなければならないという趣旨の放送を送ったこともある。 これについては下記のリンクを参照してください。
日本人の場合はどうかわからない。 ただ、日本人たちにたいしても海外からはあまり良くない評判が聞こえて来たりもする。 「ひとりだけでいると静かだが、大勢いるときは周りを意識しないで騒ぐ日本人」とか、「ホテルでほぼ下着に近い服を着て歩き回る日本人」などのように。 おそらくごく一部の人々が経験したことが口から口へと伝わる過程で膨らまされた側面があると思う。 重要なのは、韓国人や日本人、さらに「法をよく守る」というドイツ人さえも、海外に出て国の恥をかかせる人は必ずいることであり、これは恐らく確率の法則上、避けられないことだろう。
礼儀のない韓国人に対して「立ち入り禁止」を書き付けたことまではありうることだ。 韓国のチャムソリ博物館がそうだったように、個人的な判断というのが時には慎重でない時があるから。
違いはこれである。 韓国では市民の積極的な抗議で、札が消された。 対馬からはまだ市民たちの抗議があったという話も、文句が消された話も聞いていない。 韓国では反日あるいは日本不買に参加する人たちが先頭に立って札を消すように求めた。 日本の不買に参加すると言いながら、日本人立ち入り禁止を掲げた釜山(プサン)のある食堂に対しても厳しい批判が続いた。 間欠的に飛び出す差別的行動に対し、市民らは決してこれを擁護したり黙過したりしなかった。 反面、日本で反韓する人たちは対馬の食堂表紙に対してどうだったのだろうか。 一部の韓国人の間違った行為と、韓国人の立ち入り禁止という差別的表示が区別されなければならないと主張する声がどのぐらいであったのか、日本人自ら答えを知っていると思う。
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| 부산 어느 식당 앞의 '일본인 출입금지 팻말', 시민들의 거센 항의를 받았다. |
韓国では反日と反日本人を区分する。 また、全国民としての日本人と日本人個々人に対する反感を区分する。 最近、不買運動が始まり、国民全体としての日本人への不信は非常に高まっている。 先日までは、反日と反日本人は徹底的に区分しなければならないという流れが大勢で、反日はしても、日本人は憎んではいけないという意見が大勢だった。
しかし,両国間の不和が長引く兆しが見られながる、国民全体としての日本人への反感が高まっているのも事実である。 日本の経済挑発と同時に安倍首相の人気が高まったのは、結局日本人の認識がそこまでだからではないかという主張が次第に説得力を得ている。 最近、DHC TVからの相次ぐ嫌韓放送もこうした雰囲気の一役買った。 何よりも安倍首相を選択したのは日本人であるため、日本人の総体的認識が安倍首相のそれと大きく変わらないということだ。
しかし、日本人個々人に対する考えは依然として違う。 相変わらず日本国内には良心的な日本人、韓国が好きな日本人がいるから、彼ら個個人を一つの日本人に束ねて憎んではいけないということだ。
韓国人の目に韓国を訪れる日本人は、韓国が好きな日本人に属する。 このような日本人に対して差別をするわけもなく、韓国人が危害を加える理由はさらにない。 釜山の食堂のように、消極的意味の個人的な逸脱がまったくないだとは言えないが、韓国の世論はこれを自ら浄化していく。 これが韓国人の認識だ。 「韓国旅行に注意せよ」という日本外務省の公知は、単なる空虚な声にすぎない。
嫌韓をする日本人のニュースはよく聞かれる。 日本には嫌韓書籍があり、さらには一部のテレビですら嫌韓放送をする。 大っぴらに韓国人を卑下したり嘲弄するニュースを聞くことになる。 一方、韓国ではSNSなどを通じて、日本人を憎む場合があるものの、公に嫌日をする場合はほとんどないと見てもよい。
実際、韓国では特定集団に対する嫌悪がほとんど不可能だ。 世論から叩かれるからだ。 もちろん、韓国だからといって嫌悪文化が全くないわけではない。 数人の極端な人の集まりがあり、ここでは主に嫌悪という道具を通じて自分たちに対する関心を引くために努力する。 しかし、彼らは決して公開的に自分を表に出すことはできない。 露出させた瞬間、多くの人々の厳しい視線に耐えながら正常な活動をするのは難しいからだ。
今回のトピックに関する文章が終わり次第、韓国での嫌悪文化やこれを助長する嫌悪集団について述べようとしている。 その過程で、なぜ韓国人は日本人を憎むことはあっても、卑下ないし嘲弄しないのか、なぜ嫌日という越えてはならない線を守るのか、日本人が容易に理解できると思う。





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